頭痛の種? 個人所得税申告 A Big Headache? Individual Income Tax

April 15th, 2012

アメリカ人にとって、4月15日イコール所得税申告締切日です。(2011、2012両年は、ワシントンDCの休日が週末に当たったため、4月17日が期限となりましたが。)日本と違って、会社員であっても学生であっても所得がある人は各自確定申告をしなければなりません。雇用者から送付されるW-2や1099-MISCといった所得明細、金融・教育機関・政府等からの諸々の明細書を基に、申告書を作成して期限内に提出します。主人は、バイトを始めた16歳から確定申告をしていると言っています。

私は1980年代に渡米してより、所得申告は主人に任せていましたが、2003年に学業が一段落したので、私が税金の担当をすることにしました。その数年前、2000年初頭に個人向けのタックスソフトが人の会話に出始めていたので、主人とベスト・バイに見に行きました。タックス・ソフトがまだ駆け出しの頃で、連邦政府と州政府の2つのソフト(CD-ROM)併せると70ドルを超えました。私たち夫婦の申告内容はとても簡単だったので、70ドルも出すのは採算が合わないと判断して、今まで通り説明書を読みながら電卓を使ってすることにしました。

100頁からなる説明書を片手に読み慣れない用語と戦いながら所得税申告書F-1040を準備するのに半日を要し、数日間それを寝かせて、もう一度チェック。数日後、最終チェックをして主人と私が署名して投函というプロセスを何年間か続けました。ところが、2009年の申告をした時のこと、内国歳入庁Internal Revenue Serviceより申請額以上の還付が届きました。添付メモから、2009年の新規控除、勤労奨励税額控除 Making Work Pay(夫婦で800ドル)を私が見逃していたのだと分かりました。予定より還付金額が多いのは嬉しい事ですが、毎年変わる税法についていくのは難しいと感じました。少なくとも、タックス・ソフトで数字の確認が必要と思いました。

その頃、知人が低所得者及び高齢者向けの無料のタックス・サービス・センターでボランテイアをしていると聞きました。このサービスは、内国歳入庁管轄下の経済発展研究センターCenter for Economic Progressがボランテイアを募って各地で年収が規定レベル(2011年の場合、独身者で35000ドル、夫婦合算申告者で55000ドル)以下の人を対象に申告書作成サービスを無料提供するというものです。私は、以前から税法に興味があったので、その人の取り計らいで、センターの見学をさせてもらいました。仕事の関係上その年はボランテイアをすることはできませんでしたが、大いに興味を持ちました。

2010年末、時間ができたので先のボランテイアをすることにしました。今まで、自分の申告書しか作成したことがなかったので、税法をゼロから勉強し直しました。30余章からなるオンライン学習をして、ボランテイア資格試験に合格するとタックス・センターでお手伝いができます。ボランテイアは大別すると2グループから成りたっています。1つはアカウンテイング専攻の大学生。もうひとつのグループはその分野の現役またはリタイヤした人たちです。私のように年配で新米というのは稀です。ボランテイアの多くは、週1回タックス・センターに赴いて3時間お手伝いをします。それを1月最後の週から4月の半ばまで12週間続けます。

2012年4月12日(木)が私の今期(2011年タックス)の最終ボランテイア日でした。今年はボランテイア2年目でしたから、去年と比べるとずっと落ち着いてお手伝いができました。この地域サービスで一番嬉しいのは、センターにはベテランが多くいるので、分からないことは彼らに質問できることです。また、内国歳入庁公認のタックス・ソフトに自宅でもアクセスしすることができるのはとても重宝です。自分の申告書は、このソフトを使って準備しています。

さて、タックス・ソフトですが、数年前まではCD-ROMを購入して申告書の作成をするのが主流でしたが、今では完全にオンラインの世界になりました。ソフトが普及した背景には、郵送と比べると還付がとても早い事実があります。郵送ですと、還付は数週間掛かりますが、e-fileの場合には1週間から10日で還付を受け取ることができます。

オンライン・タックス・ソフトは数種類ありますが、H&R BlockとTurboTaxが先頭で、TaxActが後続。他のソフトは、前述3社に大きく水を空けられています。(申告内容が簡易ならフリーの)ソフトをダウンロードして、分かりやすい質問に答えて申告書を完成させ、それをe-fileします。連邦へのe-fileは(所得が規定レベル以下ならば)無料、州政府へのe-fileは(所得に関係なく)有料($15~$37)が2012年の相場です。

ところが、労力を惜しまなければ、連邦・州ともにウェッブサイトでゼロ・コストでe-fileができます。私は3年前から州政府のウェッブサイトに行ってe-fileしています。また、昨年から連邦政府のサイトで無料e-fileサービスを利用しています。どちらも所得に関係なく無料で申請できますが、入力作業に時間がかかります。

このように考えると、e-file申請オプションは或る程度公平なのかと思います。①低所得の人たちは無料のタックス・サービス(連邦・州)が受けられる。②オンライン・タックス・ソフトで無料で連邦政府に確定申告書をe-fileできます。州政府へのe-file料金は高額ではありません。③複雑な申告書作成が必要な人や高所得の人たちはお金を払ってCPAや税理士に依頼すれば良いのです。④入力作業を疎まなければ、所得枠に関係なく無料で連邦・州のサイトでe-fileできます。

年が明けると米国民の殆どは確定申告を思い起こすでしょう。日本に住んでいたときは、税金のことなどほとんど考えたことがなかったけれど、4半世紀もアメリカにいれば、考え方が米国流になるのは当然。金銭面で行動を起こす前に税金上の影響を考慮します。いつ、この株を売るべきか?年内に結婚すべきか?車の買い替えタイミングは?税法が変わるらしい ― 資産管理を見直さなければ。。。常に最新情報を入手し、最もメリットのある行動を取れるようにすること。そのように考えて行動すことは、困難ながらも、個人の財政管理上とても大切なことです。お金を稼ぐことと同等、またはそれ以上に、お金の運用・管理の仕方によって個人の財政は、大きく左右されると思います。

最後に、目の上のタンコブの確定申告ですが、一般米国市民が税金を納めるようになったのは、以外に新しく、1940年代です。所得税申告の流布に協力したのが、かのドナルド・ダックだったんですね。以下、米国公共ラジオ局nprの記事とビデオへのリンクです。

From Abe Lincoln to Donald Duck: History of the Income Tax, and Pay Your Income Tax: 1943 Disney Propaganda

http://www.npr.org/player/v2/mediaPlayer.html?action=1&t=1&islist=false&id=149058446&m=149126139

追記

4月16日夕方、無料タックス・センターのボランテイアの打ち上げ会がありました。50人ほどが中華レストランに集まりました。食事の前に、理事長が今年のセンターの業績を話してくれました。申告者900余名。ボランテイア65人、1050奉仕時間。申告者の還付総額120万ドル。有料のタックス・オフィスに行くと$100支払うと計算すると、9万ドルをセーブしたことになります。私たちは地域社会に貢献できて、とても満足でした。

今年は、政府の予算カットで当市の無料タックス・センターは削られてしまいました。それでも、コミュニテイでこのサービスの必要性を周知していた一部の人がユナイテッド・ウエイの助成金で3箇所のセンターを設けることができました。来年は、予算カットがさらに進行するとの噂ですが、私たちの町はの無料タックスセンターはドアを閉じることはないでしょう。「また、来年手伝ってね。」と言われて、簡単にYesと答えてしまいました。

「斬られ」の達人、福本清三さん米国公共ラジオ局でフィーチャーされる

April 1st, 2012

起床して出勤準備をする間、そして、朝夕の通勤時に車の中で聴くのは必ず米国公共ラジオ局NPR(National Public Radio)です。渡米して25年間、トピックの豊富さ、知識レベルの高さ、アナウンサーの質の良さ等の理由で、忠犬ハチ公のように、NPRを聴き続けています。

3月28日仕事帰りのドライブ中に、そのNPR局から名「斬られ役」福本清三さんが紹介されていました。福本さんのお名前を聞いただけではピンと来なかったので、帰宅するや即ウェッブサイトでチェックしてみました。「ああ、ラスト・サムライで、トム・クルーズが“ボブ”と呼んでいた俳優さんね」と納得しました。

昨年末から私のウェッブサイトのアートページで紹介している真矢さんも『ラスト・サムライ』で殺陣(Samurai Ensemble)で出演していることもあり、とても興味深く聞かせてもらいました。過去50年間に5万回斬られたそうです。1日3回、週7日50年続けて死んだ計算ですね。斬られ役が「無様」な死に方をすることで、主役がより輝る。役者として、自分を抑えて相手を引き立てることは、とても難しいことです。それを半世紀続けることは至難の業だと思います。70歳近くになっても現役で、衰退していく業界の遺産を後世に残すことに徹している姿に、好意を好感を持つ人は多いと思います。体力の許す限り、続けて欲しいと思います。

リンク(写真とオーディオ付):

http://www.npr.org/2012/03/28/148922566/in-japan-sliced-up-actors-are-a-dying-breed

カーロック・ブック・カフェ3周年を迎える

January 15th, 2012

Carlock Book Cafe as of January 2012

2009年1月に正式オープンしたカーロック・ブック・カフェは2012年1月で3周年を迎えました。2005年12月に1000冊を基に非公式に出発した図書室は、現在4450余冊を蔵し、本棚も18本になりました。毎月第3土曜日の5時間の一般公開ですが、この3年間に1600余冊が貸し出されました。2011年の夏、友人の勧めでフィクションだけでも整理しようということになり、著者別に並べ替えることができました。お陰で何とか図書室らしくなってきました。

Sorting out books

デジタル化が進み、昔ながらの書籍の影が薄くなりつつあります。でも、図書室で数千冊の本に囲まれている時に肌に感じる『人類の英知』をデジタル・ブックに求められるのでしょうか?そんな風に思うこと自体が時代遅れなのかもしれません。それでも、その幸せを大切にしたいと思います。

2012年1月 千津子

Appears a bit organized

栗饅頭 Kuri Manju

January 15th, 2012

Kuri Manju

秋になると栗が食べたくなります。秋風が寒く感じられるようになる頃、帰宅時に駅前で売られている天津甘栗の匂いが脳裏に染み付いているからでしょうか?

アメリカにも栗はありますね。近くの町のゴルフ場に栗の木があるとは何年も前から聞いてはいたのですが、足を運んだことがありませんでした。2011年秋、初めてトライしてみたんです。そしたらタイミングが良かったのか、予想以上の収穫がありました。最初、本当に栗を拾ってもいいのか気後れがしたのですが、駐車して車から降りるとすぐ、クラブハウスから年配の男性が出てきました。彼は、『昨日も何家族かやって来て、栗を拾って行ったよ』と愛想良く話してくれました。東洋人がやって来ては栗を拾っていくのをずっと前から見続けている人の口から出た言葉でした。それで安堵して、栗拾いに専念しました。

手提げ袋2つにずっしり入った栗を家に持ち帰って秤にかけてみると、17ポンド(7.5キロ)もありました。 軽く洗って、ペーパータオルで水分を取り、1ポンド・サイズのポリ袋に小分けして、冷蔵庫に保存しました。2週間後の図書館日にそれを販売しました。その日、いつも図書の整理を手伝ってくださる女性に1ポンド差し上げると、2ヶ月後、彼女が懐かしい栗饅頭を作って持って来てくれました。

 

ネットで調べてみると、日本人と栗は5000年もの付き合いがあるらしいです。また、日本栗は大粒でとても甘いとか。中国の天津が栗で有名ということではないようです。アメリカでは、チェスナット(栗)はナットキング・コールのクリスマス・ソング ”Chestnuts roasting on an open fire” でよく聞くのですが、実際、普通のスーパーでほとんど見かけないし、木の実としては栗は肉が柔らかいのでピーナツ、アーモンド、ヘーゼルナッツのように売られていないですね。アメリカ在住24年ですが、当地の親類縁者が栗を料理・デザートに使うのを見たことがありません。

笑い話みたいですが、私が栗を持っていることを知った義理の母が、是非欲しいというので、1ポンド茹でて殻を剥いてから渡してあげました。数日後、彼女が私に尋ねるには、『あの栗はどうやって殻を剥くの?』ですって。彼女は、既に食する(料理する)だけになっている栗を、見たことがなかったのでしょうね。彼女は、ネットで栗のレシピーを探してデザートを作ると言っていましたが、さて、あの栗はどうなっているのかしら?

日本では、栗は引っ張りだこ。栗ご飯、栗おこわ、栗きんとん、栗饅頭、栗羊羹、はたまた、洋菓子のマロン・グラッセ、モンブラン、エトセトラ。先日戴いた栗饅頭。口にするのは、何年ぶりだったかしら?頬っぺが落ちそうでした。緑茶とぴったり。懐古レシピとして、下記リンクにてご紹介します。

Chestnuts

栗饅頭の作り方(日本語版)

http://wagashi.jigemon.cc/recipe/kurimanju.html

栗饅頭の作り方(英語版)Kurimanju (English recipe)

http://konny.fc2web.com/info/recipe_kurimanju_e.html

http://maguro666.wordpress.com/2011/07/24/basic-wagashi-kuri-manju-%E6%A0%97%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%86/

埴輪 ロマン

November 26th, 2011

先週、30マイル離れたピオリア市のアンテイーク・ショップで「腰掛ける巫女」を見つけました。

腰掛ける巫女@ピオリア

その前日、石ノ森章太郎先生の「日本の歴史2」の巻末解説に載っていた東京国立博物館所蔵・重要文化財の「腰掛ける巫女」の写真を見ていたので、それに酷似の埴輪像が目に留まったのでした。

 

マンが日本の歴史2巻末の「埴輪の巫女」

骨董屋のご主人は、この土像が何たるか知る由もなく、”Clay Man”(粘土製の男性像)と名づけて売っていました。まあ、確かにあの埴輪は男女見分けがたしという感を免れません。また、あれがまさか日本のものだとも思っていなかったでしょう。米人の多くはメキシコの土偶と思っていたらしいです。私は、即、購入しました。

重要文化財の埴輪の巫女と私がアンテイークショップで入手した土偶とは色々差があります。本物は68センチ丈。私のは45センチ。両方とも台座の横に四角穴が空いていますが、私の台座は一枚の粘土を四角い筒にして横に穴をあけた態ですが、弥生の埴輪は穴の開いた側面が奥まっています。私の像の両腕は本物より高い位置にあります。また、私の埴輪の顔は丸顔でぽっちゃりとしいて、目が小さく細い、といったところが瞬時に見て取れる違いでしょう。

ピオリアの巫女サイドヴュー

それよりも、私はこの埴輪がどうしてセントラル・イリノイに現れたのか興味をそそられました。セントラル・イリノイの日本人移民の歴史は非情に浅いのです。1950年代にやってきた戦争花嫁以前の日本人の記録はほとんどありません。購入した土偶は、ずっしり重く、空洞には蜘蛛の巣がたまっていました。素人目には少なくとも50・60年くらい前のものと見うけられました。

終戦後、占領軍が日本から持ってきたのでしょうか?

美大の生徒が作ったのでしょうか?誰が所有していたのでしょうか?

屋根裏部屋で眠っていたのを、整理して売りに出し、老夫婦はフロリダに引っ越したのでしょうか?

ひょっとして、以前耳にした前世紀初めにピオリアに“住んでいたらしい”日本人第一号の男性が持っていたものでしょうか?

ピオリアの巫女アップ

 

埴輪ロマンは尽きません。

 

二人の父に贈る言葉

July 23rd, 2011

2011年3月22日にアメリカの義父AJが亡くなりました。

葬儀の場で、長男の主人が父への送別の辞を読み上げました。最後の方で、私のことにも触れました。それが、私の義父への感謝の気持ちを簡潔に描写してくれていますので、引用します。

AJ was a veteran of WWII, but like so many veterans, rarely mentioned his experiences. On a rare occasion, he did share some of his experiences with Bruce.  I was aware that he had no love for the Japanese, so it was with a bit of trepidation that I introduced him to my future wife.  At the conclusion of the first evening of meeting her, he turned to her and said, “What on earth do you see in him?”  After being married, we brought a Japanese family to the house and he took them to a grassy field west of Yates City, opened the hangar, and took them for flights in his plane.  They were extremely excited and exclaimed, “Now this, this is America!”  My wife has always been grateful for the treatment she’s received from Dad and Uncle Bill.  They had been warriors who had fought against her country, but they always made her feel welcome and wanted.

by Tom  Jaggard, March 26, 2011.

[注:Bruceはウエストポイント陸軍士官学校に行った弟。Billは、主人の伯父。米国海軍軍人として第二次世界大戦に参戦。終戦時、沖縄沖で待機していた軍艦に乗っていました。19歳の若さでした。この伯父も昨秋亡くなりました。]

振り返れば、私が渡米したのが1988年ですから、私の人生の前半は日本の父が、そして後半はアメリカの父が近くにいてくれました。なんと幸運なことでしょうか。

7年前他界した日本の父と義父 は、同年 (1918年) 生まれでした。二人とも20代で第二次世界大戦を体験しました。父は中国に3年半駐屯後1943年日本に戻りました。それから終戦までは、三菱重工の大江工場(名古屋)でゼロ戦の部品製造に携わっていました。義父は1941年に米国海兵隊に志願するや、米国は6週間後に太平洋戦争に突入しています。入隊後、南太平洋から北上し、タラワ、ギルバート島、サイパン島、テニアン島で実戦を体験した後、1945年無事に故郷に戻りました。

義父の遺品の中に、地方新聞Peoria Journal-Transcriptの1941年12月7日付の日本米国に宣戦布告のページが見つかりました。世界大戦が与えた衝撃の大きさを、セピア色の新聞が語っています。

太平洋を挟んで、敵国人として戦う運命を負った二人の父でしたが、私に人としてどのように生きるかの指針を示してくれました。ありがとう。

Peoria Journal-Transcript, Dec. 7, 1941

ジェイク・シマブクロ日本ツアー

July 23rd, 2011

11月8・9日にウクレレ奏者ジェイク・シマブクロさんが、セントラル・イリノイ公演をします。それに合わせて、彼を私のウェッブサイトhttp://www.carlockbookcafe.orgで紹介するために、5月から彼のマネージャーKさんと連絡を取り合っています。

先日の彼女のメールで、ジェークが7月23日より日本ツアーを開始することを知りました。

http://jakeshimabukuro.com/home/

23日の恵比寿ホールのコンサートを皮切りに、向こう3ヶ月かけて日本縦断ツアーを組んでいます。凄いエネルギーです。

Jake Shimabukuro

実のところ、この春マネージャーのKさんに会うまで、ジェイクのことは知りませんでした。でも、よくよく考えてみると、ご縁があったんだと思います。

彼が「フラガール」の音楽担当をしたことをWikiで知りました。

思い出します。2007年のことです。

バンクーバー在住の私の30年来の友人である日系カナダ人夫婦の従姉妹がシカゴに住んでいることを聞きました。その彼女に会うために、某シカゴの仏教寺院での映画鑑賞日に合わせて、250キロ走ったことを。

彼女は日系4世。

上映された映画が「フラガール」。

ジェイクは日系5世。

これがきっかけで、第二次世界対戦中の日系人差別(内地拘留)等の人種プロファイリング問題に関わりました。私は日本が経済大国になってからの1980年代に渡米しました。その頃には、一般米国人が抱く日本のイメージは、とても好転していました。私がぬくぬくと心地よくアメリカで暮らせることができた背景には、日系人の方々の並々ならぬ努力があったからです。それを忘れてはなりません。私よりずっと前に渡米した日本人は、子供が学校で“ジャップ”と呼ばれたりしました。

ジェークは、持ち前の才能で世界の人たちに音楽を通じて“和”を訴えていると思います。彼の音楽は聴く人の心を癒すパワーがあります。

私は、アメリカの地で、日本語が自由に使えない日系人と日本から来て間もない日系1世との間の連帯意識の薄弱さを悲しく思います。それで、私は広く
(日本と接点を持つ) 「日本系」の人たちとお付き合いをしています。少しでも彼らの橋渡しができればと思いながら。

ジェイクをウェッブサイトで紹介するのは、8月の予定。彼のポスターとか絵はがきをKさんより送ってもらいました。11月の地方(Bloomington, IL)公演では、友人たちを誘って出かける予定です。

Jake Shimabukuro Post Card

吉田堅治展『祈り 鎮魂と再生」

July 3rd, 2011

吉田堅治さんの個展の情報が、鶴岡八幡宮のホームページに載っています。

お時間のある方、是非お出かけください。また、同HPでパンフレットをダウンロードできます。http://news.hachimangu.or.jp/

以下、ホームページからの引用です。
***吉田堅治展 「祈り 鎮魂と再生」のお知らせ***
この度、堅治画伯の遺作が当宮へ寄贈されることを記念し、展覧会を開催いたします。
この「祈り 鎮魂と再生」と題しての展覧会は、生命(いのち)の画家と呼ばれた画伯の作品を通して、東日本大震災物故者慰霊と被災地の一日も早い復興、そして、大銀杏の再生を願うものであります。この機会に是非ご覧下さい。

場所   鶴岡八幡宮 直会殿
期間   7月15日(金)~7月31日(日)
時間   午前9時~午後4時30分
(最終日は午後4時まで)
入場料  200円 中学生以下無料
※入場料は「東日本大震災支援金」に全額あてられます

吉田堅治個展

June 7th, 2011

昨年8月に私のブログでご紹介した、パリでご活躍された吉田堅治さんの個展が、鎌倉市鶴岡八幡宮で来月開催されるとの情報が友人から届きました。詳細は、下記をご覧ください。

『吉田堅治個展――祈り、魂の安らぎと再生――(仮称)

日 時:2011年7月15日(金)~7月31日(日)

場 所:鶴岡八幡宮(鎌倉)直会殿(参集殿) (社務所隣)

入場料:200円 (入場料収入の全額は東日本大震災犠牲者への義援金とします)

その他:本個展は、このたびの東日本大震災による犠牲者の鎮魂を目的として開催いたします。

この鎌倉での個展で展示する作品は、吉田堅治の生涯にわたる創作活動を網羅する代表作、20数点のほかに、最大のインスタレーションも展示する予定です。

このインスタレーションは、小さな部屋のような構造になっていて、観客はその中に入って鑑賞します。このインスタレーションは、昨年(2010年)8月にNHKが放送した吉田堅治に関するドキュメンタリー番組でも取り上げられていました。』

鎌倉近郊に押すまいの方、是非、お出かけください。

6000マイル離れた処に住む私は、残念ながら見に行くことができません。ならば、吉田さんの個展をシカゴで開催すべく、努力をすべきなのでしょうね。

アルカポネを再教育できるか?

June 1st, 2011

2011年5月初旬のこと、私はシカゴのあるイベントでコントを演じました。

1930年代のシカゴが舞台で、アルカポネ、ミュージカル『シカゴ』からロキシー、ヴェルマ、そして監守ママモートンというオールスター(!)キャスト。

脚本は私が手掛けました。ストーリーは、ワル(アルカポネ)を再教育できるか?です。観客がプラス志向型でしたから、結論はほぼ明らかでしょう。文末に、日本語原文と英訳を貼付します。

私の役ですか?ママモートンです。他に役を引き受けてくれそうな人がいなかったという理由で。

面白いことに、シナリオを書いている時、15年くらい前ガレージセールで買った1930年5月発刊の英国風刺誌「パンチ」に、シカゴ・ギャングに触れている段落を見つけました。

“The revelation by statistics taken in Chicago that most deaths occur at 3:30 A.M. would seem to confirm the suspicion that gunmen keep late hours.”

(シカゴでは午前3時半に最も殺人が起きるという統計から、ギャングたちは夜型らしいと言われていたことに信憑性が出てきた。)

遠く離れたイギリスでも、アルカポネたちは有名だったらしいですね。

(最下段に記載ページを貼付します。)

 

【日本語版】コント『ミュージカル・シカゴ』

配役:Roxie (ロキシー)、Velma(ヴェルマ)、Mama Morton(ママ・モートン)、Al Capone(アルカポネ)

場面:(ナレーション:M)

ここは、シカゴの刑務所。左にいるのは密造容疑なのだが、しっぽが出ない為脱税容疑で入獄されたアル・カポネ。ダンサーのRoxieとVelmaが刑務所の仕事を終えて牢屋に戻ってくる。付き添っているのは、刑務所の警備をしている私、ママモートン。

M:カポネの旦那。可愛い子たちを紹介するわ...ロキシーとベルマよ。

A:お前たち何をやらかした?

M:ハンサムな詐欺師を殺(や)ったのよ。

A:それはひどいことしたな…お前ら死刑になるのとちゃうか…

R: とんでもないわ。私は何も悪いことをしていないわ。正当防衛よ。私を刑務所に入れるなんて、ひどいわ。

V: 何言ってんのよ、ロキシー。あんたは、嘘八百で弁護士をたぶらかして民衆の同情を得ようとしたくせに。あんたと比べたら、私なんか、かわいいものよ。

R: ヴェルマ、落ちぶれダンサーのあんたは、私に嫉妬しているんでしょ。みっともないったらありゃぁしない。

V: 何ですって、もう一度その減らず口を叩いてごらん。お仕置きしてあげるから。(ヴェルマ、ロキシーに掴み掛かる。)

M: やれやれ、いつもの子狐の喧嘩が始まったね。さあさあ、二人ともお止め。あんたたち二人が100年かかってもできないような「大業」(こと)をしたこちらの大旦那に説教でもしてもらった方が良いよ。旦那、この子狐たちに話してやっておくれよ。

A: 今の法律やら社会もおかしい。俺はみんなが楽しむために、欲しがっている酒をたくさん造って、皆を楽しませてやった。それの何が悪い!(観客に向かい)そうだろ皆!! 俺は、燃える闘魂で事業に取り組み、俺の前にハダカルすべての障害を取り除いた。そして、俺は、実際、人を殺した事も無い。

M: そうよ、誰も旦那のそばに怖くて近寄れないわ…こわい闘志よ。

A: 俺は毎晩、寝ずに働き、誰にも負けない努力をしたんだ。それで俺の事業は成功したんだ。

M: 確かに旦那は、人の100倍もの努力をしたわよね。

A: ろくに働かない役人の為の税金を、俺が何故払わないからといって投獄されなければならないのだ。

M: [Shrug] 昨日、有名なリチャード ギア弁護士が所長を訪ねてやって来たんだよ。私もその場に呼ばれてねぇ。その時、旦那の話になってたんだ。リチャードは、あんたの誰にも負けない努力とやらは、私服を肥やすためにだけに注がれたとノタマワレタ。この意味がわかるかい?

A: いやぁ、わからん。皆、俺の酒で楽しんだじゃないか??仲間とひざをまじえて飲む酒には色々な効能もあるらしいな??

M: あんたのは、仲間と飲む酒なんかじゃなくって、品の無い女に売らせた酒だろ?!とにかくリチャードは、ハイスクールを中退した私には、到底わかりっこないフィロソフィーとやらを並び立てて、所長に提案したんだよ。「シカゴはアル・カポネたちのために犯罪の町のイメージを世界に与えてしまった。今からでも遅くないから、彼らを抜本的に再教育しましょう。」って。

A:勉強なんて冗談じゃねえぞ!

M:とにかく、旦那にロキシー、ヴェルマ、そして、なぜか私も、その勉強会とやらに参加しなくちゃぁいけなくなっちまったんだよ。

RとV:私たち関係ないじゃない!!!

M:今度の火曜日から、毎週2時間するんだとさ。所長の命令だし、断ることもできず、私がボスとあんたたちにこれを伝える役を仰せつかったって訳。さぁ、伝えたからね。もう消灯時間だ。

A: その勉強会に出れば、税金はチャラにしてくれるのかい?

M: 旦那は、骨の髄まで打算的だねぇ。さぁ、消灯、消灯。

ステージ、ライト・アウト。

【英語版】English translation

Musical Chicago (short play)

Cast: Roxie, Velma, Mama Morton, Al Capone

Scene:  (Morton Mama speaks)   This is a prison in Chicago.   On my left is Al Capone, who was suspected of illegal brewing, but since he didn’t show his true colors, was put in jail on taxation evasion charges.  Two dancers, Roxie and Velma, are returning to their cells after finishing their daily chores.   I am a prison guard, Morton Mama.

M:  Master Capone, I have a couple of cuties for you.  Roxie and Velma.

A:  What have you done?

M:  Shot a handsome swindler.

A:  That’s a grave crime.  You may be hanged for it….

R:  That’s not true.  I didn’t do anything wrong.  I killed him in self-defense.   I don’t deserve imprisonment.

V:  Huh, Roxie.  You lured the attorney with your sweet lies to earn sympathy from the people.  My crime is puny compared to yours.

R:  You’re an over-the-hill dancer, and jealous of me.  How pathetic!

V:  What!  You open the filthy mouth one more time, I’ll spank you.

M:  Good grief, the sly foxes are doing that again.   Now, now, stop that fighting.  The big boss here has made a grand achievement that you two cannot even dream of.  Master Capone, can you tell them what you’ve done?

A:  This is a screwy society, and the laws are against us.  They all wanted booze.  I got it for them, and they had a good time.  What’s wrong with it?  (Facing the audience) Aren’t I right?  I tackled my business with a fighting spirit and removed all hurdles in front of me.  I never killed my enemies with my own hands.

M:  True, nobody can come near you….You have a frightening fighting spirit.

A: Day in day out, I worked harder than anybody else with very little sleep.   That’s how I built my great business.

M:  Sure, you’ve made efforts 100 times as much as an ordinary man.

A:  Government officials hardly dirty their hands.  I don’t want to feed them with my money.  Why can they put me in jail for not paying tax?

M: [Shrug] Yesterday, the famous attorney Richard Gear came to see the director.  For some reason I was called to his room.  When I got there, they were talking  about you.  Richard said your matchless efforts were poured into filling your own pocket 100 percent.   Do you understand what he meant?

A:  Nope.  They all enjoyed the sake.   Some say sake consumed among friends at  social gatherings has many benefits…

M:  You didn’t make that sort of sake.  You had uneducated women sell it.  Richard kept talking about “philosophy” or something.   How could I know anything about it?  I dropped out of high school.  Anyway, he made this suggestion to the director:  “Chicago was branded as the infamous Criminal City of the world because of Al Capone and his gang.  It’s not too late.  Let’s reeducate them drastically.”

A:  Reeducate?  What the heck!

M:  Master Capone, Roxie, Velma, and for some reason, I was also handpicked, must attend study sessions.

R & V:  We have nothing to do with it!

M:  Two hours every week, starting this Tuesday.  It was the director’s order, and I couldn’t say no to him.  He wanted me to be there so I can let you know what was going on.  Well, I’ve done my job.  It’s time to turn off lights.

A:  I attend the study sessions.  I don’t pay the tax I owe.  Call it even?

M:  Master, you are calculating to the bone, aren’t you?  Shut the lights off now!

左欄4段落目にシカゴ・ギャングの記述 4th paragraph, left column