Archive for May, 2012

セントラル・イリノイの日本人懇親会 49th Japanese Reunion in Central Illinois, May 27, 2012

Tuesday, May 29th, 2012

 

49th Japanese Reunion, Pekin, IL, May 27, 2012

 

イリノイ州中部在住の日本人家族の懇親会が、毎年戦没者追悼記念日(5月の最終月曜日)の前日ピーキン市で開催されます。今年(2012年)は49回目。中核を成すのは、1950年代に日本から移住した日本人女性とその末裔たち。ピーキン市の公園の1施設を借りて、持ち寄りのピクニック・ランチと懇談がメインです。ランチは12時半に始まり、気心のあった人たちが小グループを作り歓談します。

私が最初にこの懇親会に顔を出したのは、20年ほど前だったと思います。当時は、参加者が多く1500平方メートルの建物から溢れるほど集まりましたから、200人くらいだったのでしょう。持ち寄りの手作り料理が25メートル乗せるもある長テーブルに載り切らないくらいあったことを覚えています。また、景品つきのビンゴもしました。私は飛び飛びで参加していますので、今年が8回目くらいだったのでしょう。戦没者追悼記念日は、非公式の夏の始まりの日。記憶にあるお天気は、いつも夏日そのもの。今回も華氏94度まで気温が上昇しました。過去に、一度だけ涼しい日がありましたが、その時はどしゃぶりでした。

数年前から、参加者が激減し、第49回目の日本人懇親会には40人くらいしか集まりませんでした。[写真] 中核の日本人女性たちの高齢化、10年前にグループが2派に分かれてしまったこと、そして子孫が遠隔地に在住しているのが主要因です。もうひとつの原因は、80年代以降に渡米した日本人の参加が極少なことです。

昨年は、用事があったので、今回は2年ぶりの参加でした。栗おこわと西瓜を車に積んで、家から車で50分。ちょうど正午に、見慣れた会場に到着しました。駐車して会場に入ると、一瞬デジャブの世界に突入したかと思いました。2年前と同じ日本人女性3人が同じ場所に腰掛けていたからです。Kさん、Tさん、そしてAさん。他の人たちは、日系人とは分からない人ばかりでした。中西部のアメリカ人らしく恰幅のいい人が多く、日本語を話せる人がほとんどいないので、年配の日本人女性を見なければ、日系人の集まりとは予想できかねます。会場では、日本語は全然使われていませんでした。

Kさんは80代半ば。ご子息が懇親会の幹事を掌ってくれています。「孫が8人、曾孫がこの子を入れて14人います。」と自慢顔で話してくれました。隣には生後3週間の赤ちゃんがいました。彼女の4世代の家族がこのイベントの参加者の半分を占めていたのだと思います。

82歳のTさんは、満州生まれ。十代で家族と日本に戻りました。52年春、朝鮮戦争に出兵し、その年の秋、日本で海軍の訓練を受けていたご主人と出会い、53年に渡米しました。Tさん夫妻とは、懇親会以外でも繋がりがあります。5年前、私が企画した郡の歴史博物館でのセミナーにご招待したり、最近では、お嬢さんが私の図書室にやって来てくれます。彼女は日本語が読めませんが、図書室にある英語の本を借りたり、体力的に図書館にやって来れないお母さん(Tさん)の為に日本語の本を借りていかれます。今日の懇親会ピクニックでTさんは私に本を返却されました。「この前の本、とても良かったわ。また何か本を選んで貸して頂戴。」と、言われました。Tさんの好み(時代物)が分かったので、来月の図書館日に何か用意してあげましょう。

Aさんは、生れも育ちも京都で、空襲を経験していないのだそうです。ご主人とはびわ湖の近くで会い、57年に渡米。「78歳ですけど、このグループで一番若いんですよ。」「京都は狭いので、アメリカでは広いところに住みたくて、10エーカー(約12000坪)の土地を買い、そこに家を建てました。渡米してすぐ農場で働き、それから洋裁をしたりして、ずっと仕事をしてきました。穏やかな人生を送れたと思います。」私の日本語図書室の話をしたら、一度訪れたい仰られました。Tさんのお嬢さんと来月一緒に来ていただけるかもしれません。

数年に1度しか顔を合わせることができないので、なかなか親しくなれませんでしたが、少しずつ大先輩の日本人女性たちとざっくばらんにお話ができるようになって、本当に嬉しく思います。彼女たちは、80年代に移住した私には想像できないほどの苦労をされたことでしょう。子供たちが学校でジャップと呼ばれたり、真珠湾攻撃のあった12月7日の頃は日本人家族は、家の施錠を確かめて用心していたとも聞いています。先輩たちのお陰で後輩の私たちが安心して生活できていることを、忘れてはならないと思います。

来年は、50回目の日本人懇親会。1年の準備期間があるので、大きなイベントにしたいとTさんのお嬢さんが言ってみえました。私も微力ながら協力したいと思います。そして、中部イリノイに在住の他の日本人家族が多数参加してくれるよう促すつもりです。