Archive for May, 2015

第52回セントラル・イリノイ日本人懇親会 開催される May 24, 2015 – 52nd Annual Japanese Reunion in Pekin, IL

Tuesday, May 26th, 2015
4 Issei Ladies

4 Issei Ladies

 *****私が日本から帰国したのが5月19日。今年の懇親会の情報を手にしたのが、イベント前日の23日。ポットラックに、何を持参しようかと思案。冷凍庫を調べると、小豆と栗が入っている。これで栗羊羹を作りましょう。主食になるものがいるので、塩鮭入りおにぎりをイベント当日に作ることにする。当日、出掛けに冷凍庫を覗くと、昨秋作り置きしておいた紫蘇みそが目に入る。これも、1パック持参することにした。

 35マイル離れたPekin(ピーキン)市内の公園にある懇親会会場には何度も行ったことがあるにも拘わらず、しょっぱなから二度もつまずきが。まず、途中の町で道路工事のために一部封鎖。迂回を余儀なくされ、15分ロス。Pekin市内に入って、会場まで2マイル手前で直進すべきところを間違って右折。迷う。2・3人に道を尋ねて、漸く会場に到着。ここで30分のロス。45分で行けるところが2倍の1時間半掛ってしまった。*****

懇親会の連絡が遅かった割には、参加者は去年と同じ60名くらい。顔ぶれを見ると、ここ数年写真の4人の女性(一世)と彼女たちの家族と友人だけらしい。4人とも1950年代に渡米。曾孫のある方もいる。一世の一人は昨年私の日本語図書室に日本の置物をいくつか寄贈してくれたAさん。彼女は、80歳になるまで仕事をしていましたが、去年シニア向けの高層アパートに引っ越したので、日本の物を整理したのです。今回も、段ボール一箱分の小物を寄贈してくれました。その一部は今後の懇親会でドア・プライズとして使わせてもらうことが可能と考えます。

ポットラックは、会費大人一人5ドルで購入したフライド・チキン、それと持ち寄りの巻き寿司、すき焼き、サラダ、炊き込みご飯、フルーツ、及び各種アメリカン・デザート。私の持参品で好評だったのが、紫蘇みそ。誰も食べたことがなかったようで、「あれは、海苔でできているのか?中は何が入っているのか?」と聞かれました。紫蘇を誰も知らなかったのには、驚きました。また、中身が味噌と推測できた人はいませんでした。

二世の女性と言葉を交わす。彼女は、隣州ウィスコンシンのミルウォーキーから家族で参加していました。「私が最初に懇親会に参加したのは、8歳の時でした。今年60歳です。」懇親会は今年で52回目ですから、彼女は初回からずっと参加しているのですね!「私の弟はナッシュビルから毎年来ています。」頭が下がる思いでした。

別の二世女性の言葉。「あぁ、あなたがLibrary Ladyね。懇親会に出席するのは、私たち4家族とあなただけになってしまいましたね。」私をグループの主流に組み込んでくれたことが嬉しかった。

午後12時半から始まった懇親会。以前は、ビンゴなどのゲームもしましたが、参加者が減ったここ数年は食事と歓談で終始しています。午後3時までには、ほとんどの人が帰宅の途に着きます。居残った1家族と私で来年の計画を話し合いました。年明け2月には準備に掛る。余興を考える。(私のアイデアが採用される可能性高し。内容は内緒。)一番大切なことは、半世紀以上続いたこの会を継承していくこと。私たちが心地よく生活できるのは先代の人たちのたゆまぬ努力があったこと。日系人であることに誇りを持ち、その文化を広めていくこと。

 

私が懇親会に参加し始めて早くも四半世紀が経ちました。途中、欠席した年もありましたが、時の経過とともに5月最後の日曜日(戦没者追悼記念日前日)に日本人懇親会に参加するのを心待ちにするようになりました。私にとってこの会は年に一度懐かしい人たちに会える、五月の七夕のようです。

懇親会直前の訪日時に両親及び大学の恩師の墓参りをしてきました。イリノイでは、戦没者追悼記念日(5月最後の月曜日)に主人の両親の眠る墓地を訪れます。私が今の環境に居られるのは、多くの人の恩恵を得ているからです。それを自覚し、自分が何を周りの人に・社会に還元できるか考えています。まずは、動けるうちにどんどん歩いてみようと思います。勉強も続けます。

We'll continue the tradition

We’ll continue the tradition