Archive for October, 2015

チコのブック・レビュー『跳びはねる思考』東田直樹

Thursday, October 29th, 2015
『跳びはねる思考』東田直樹 Tobihaneru Shikou by Naoki Higashida

『跳びはねる思考』東田直樹 Tobihaneru Shikou by Naoki Higashida

2009年秋、私はシカゴ郊外の某女性の家に下宿していました。彼女には10才になる重度の自閉症の息子がいました。その子は平日は寄宿舎生活をしていましたが、隔週末(金曜午後~日曜午後)母親の元で過ごしました。それが自閉症の子供に接する私の初めての経験でした。

去年、近くの町で思春期の自閉症の息子を持つ家族を扱った劇Falling(Deanna Jent作)が上演されたのをきっかけに、私の自閉症に関する関心が深まりました。調べると、日本に東田直樹という自閉症の青年がいて、執筆活動をしていることを知りました。ユーチューブで彼の著書『自閉症の僕が跳びはねる理由』の英訳者を追ったドキュメンタリーや、昨年ニューヨークで講演をした東田さんのビデオを視聴しました。昨年末、日本に行く友人に彼の本を購入するようお願いしたところ、『跳びはねる思考』が入手できました。

*********

自閉症は脳機能障害で、症状も程度も多義にわたります。先の下宿先の男の子の症状は、会話がほとんどできず、常にピョンピョン跳ねている状態でした。ビデオを見るのが大好きで、気に入った箇所を何十回と巻き戻して見ていました。何かのきっかけで癇癪を起すと、自分で頬をバシッバシッと平手打ちしました。だから、彼の頬は真っ赤になっていることが多かったのです。よく泣きました。そんな時、母親は彼を抱擁して落ち着かせました。

今年23歳の東田さんも会話ができません。話をしようとすると頭の中が真っ白になるのだそうです。動いていないと不安になるのでいつも動いていたい。周りの人が見ておかしいと思う行動をする。例えば、電子レンジのドアをバタンと閉めた感じに嵌って、何度もドアの開閉をする。走っている車のタイヤに魅了される。彼にとって、時間は線でなく点のようなものなのだそうだ。記憶はルーズに天気とか季節とつながっているらしい。怖い経験は「引き出しにいれ」ておくのでその時点では、落ち着いている。ところが、それがフラッシュバックで現れた時雄叫びをあげる、等々。こういった描写を読むと、下宿先の男の子や劇の中の自閉症の青年の挙動を思い出し、少しずつ彼らが理解できてきます。

東田さんは自然に対する感受性がとても高いと思います。夕日を見て泣きたくなり、青空には自分から飛び込んで行きたくなり、風の中で夢中に走り回る。自然は彼を平等に扱ってくれる。だから、彼は自然に一体化し、その中では自由になれる。人は特別に魅力のあるものではなく、風景の一部でしかない。だから、彼は(人を無視しているのではなく)気になるものに注意が行く。

私たちが彼らを知っている以上に、彼らは私たちのことを観察しているのではないでしょうか?私達は自閉症の人たちをよりわかろうと努力することが必要です。たった一人で見知らぬ土地に行き、周りの人がすべて外国語を話している。その時の孤独感・疎外感が自閉症者の気持ちに似ているかもしれない。自閉症の人たちと私たちの接点や共通項はあります。また、彼らの視点は私たちのそれとは異なることも多くあります。それを知ることが肝要です。東田君は、その一部を私たちに語ってくれました。座右のガイドブックとして、何度も手にし、反芻していく書物だと思います。千津子

図書室拡張 Added Space in Library

Tuesday, October 20th, 2015
This area was added to the library

This area was added to the library

9月末、主人が1週間のお休みをとったので、二人で図書室の南西部にゴタゴタと置いてあった物を片付け、床のペンキを塗りました。この部分(6mx4m)が図書室に追加されました。カーロック・ブック・カフェ、7年がかりで漸く何とか見られる形にこぎつけました。千津子

Looking at the library from east side

Looking at the library from east side

Library viewed from west

Library viewed from west

チコの独偏ブック・レビュー ”Boy H” by Senoh Kappa

Wednesday, October 14th, 2015

『少年H』上・下巻 妹尾河童著(1997年講談社)

『少年H』妹尾河童著

   『少年H』妹尾河童著

10年近くも2階の本棚に眠っていた『少年H』を紐解くことにした。動機は、この中に1940年杉原千畝氏がリトアニアで発給した通過ビザで神戸に行ったユダヤ人の話が出てくると聞いたからだ。

上巻半ばをちょっと行ったところに、その箇所を見つけた。ユダヤ教会のオッペンマイヤーさんが、シベリア鉄道経由で神戸に辿り着いた53人のユダヤ人の服の修理をHのお父さんに依頼した。修復された服を受け取ったユダヤ難民たちは泣いて喜んだそうだ。

『少年H』は妹尾河童氏(1930年生まれ)が小学校から中学校時代にかけて故郷の神戸で見聞き、体験したことを綴った小説。H(エッチ)は肇のイニシャルで、彼のあだ名。洋服の縫製・修理を生業とする父親、敬虔なるキリスト教徒の母と、妹の4人家族。腕白坊主の小学時代。近所で起きた赤狩りや徴兵を避けて首吊り自殺をした人たちや、母のキリスト教的「愛」で友達から揶揄われたことなどが描かれている。高学年になるにしたがい、戦争の影響が肥大していく。資材不足のため、小学校から二宮金次郎の像が消えた。ヒットラー・ユーゲント(長身のアーリア人)の来日。数少ない余興推進のため、相撲が13日から15日に延長になった。国語が旧仮名づかいから新仮名づかい、左からの横書きに変わる。

中学校に入ると戦争の暗雲はより重くのしかかった。Hは教練射撃部で実弾を使って練習をするまでになる。本土決戦の色が濃くなり、血液型を知る必要が出る。1945年3月17日の神戸空襲でかろうじて生き延びた。検問を受けた報道記事、修正を施した写真。広島・長崎の原爆のことを新聞では大した事件ではなく、「白い下着の類が火傷を防ぐために有効である」と書いた。

敗戦。1945年の玉音放送を聞いてからの虚脱感。戦時中は軍部、戦後はGHQによる報道規制。終戦時Hは15歳だったが、暫くは国家への不信感と腹立ちからノイローゼになり自殺まで試みる。精神的にどん底だったHだが、次第に将来に光を見出していく。

本著は、「作中に夥しい数の事実誤認や歴史的齟齬がみられる」(山中恒)と非難されている。しかし、340万部も売れたこの本をそれで隅に追いやっていよいのか?否、読者が共感するゆえの販売数だ。私は、Hの玉音放送後の苦悩に感情移入し、涙した。戦争が人々に与える痛恨のナイフは私にも突き刺さった。この本で、私の両親の生きた時代をより身近に感じることが出来た。Hが自殺未遂直後に気づいたこと-「自分が頭で考えている通りに、自分の肉体も支配できると思っていたのが、大間違いだった」「病んでいる精神より、肉体のほうが素直で逞しかった」。精神と肉体は一体ではなく二個体か?考えさせられた。

確かに読書中に「こんなに戦時状況を確実にとらえ、疑問を持つ中学生がいたのか?」と頭を傾げたことは否定しない。考えさせない子供を作る戦後教育を受けた私にはどう転んでも出来そうにない洞察力をHが本当に持っていたか?と疑ってしまった。ただ、社会情勢に疎い私よりずっと、ずっと賢い人はいたであろう。そして、そういう人たちの苦悶は、終戦を迎えた時、平均的市民より心のより深層部に達したのではないかと思う。だから、ノイローゼになったりもしたであろう。智から派生する苦悩の高い垣根を乗り越えることにより、人は前に進むことができるのだろう。そのために、知識を積み続けていくことが必要だと思う。無知の垣根は低いかもしれないが、前進は遅々たるものだろう。この本は、それを私に教えてくれた。千津子

アニメ『少年Hが見た戦争』リンク

https://www.youtube.com/watch?v=f1NQKNCT6_4