Archive for December, 2015

チコのブック・レビュー 『白蓮れんれん』林真理子 

Tuesday, December 29th, 2015
『白蓮れんれん』林真理子 ”Byakuren Renren” by Mariko Hayashi

『白蓮れんれん』林真理子 ”Byakuren Renren” by Mariko Hayashi

日本に華族制度があったことを覚えている人は少ないと思う。

華族は明治2年(1969年)に発布された身分制度の俗称である。変遷を経て、公・侯・伯・子・男の爵位を授けられて、財産保全などの特権を伴う社会的身分となった。1947年、新憲法施行により廃止された。華族は現在の芸能人のような扱いもされており、『婦人画報』などの雑誌には華族子女や夫人のグラビア写真が掲載されることもよくあった。一方で華族の私生活も一般の興味の対象となった。その中でも、1921年10月の『白蓮事件』は大スキャンダルとなった。 (Wikipedia)

大正天皇の従妹にあたる歌人・柳原燁子[1885-1967](雅号白蓮)は、25歳年上の九州の炭鉱王、伊藤伝右衛門と再婚した。1911年のことである。筑紫で「新規まき直し」を計ろうとしていた彼女を待っていたのは、複雑極まりない家族構成の伊藤家だった。妾の子(小6)、養嗣子(大学生と小1)、伝右衛門の父が妾に生ませた異母妹(女学生)、母方の従弟などが一つ屋根の下で暮らしていた。夢見ていた女学校経営も叶えられなかった。そんな彼女の唯一の救いは、歌を詠むことだった。彼女は文学界で活躍を始め、名実ともに『筑紫の女王』として君臨し、新聞を賑わせていった。そんな折、7歳年下の社会主義者、宮崎龍介と知り合い、36歳で初めて恋に落ちた。白蘭は何もかも捨てて、宮崎の元に逃げる覚悟を決めた。それを、前代未聞の新聞紙上で夫の伊藤に絶縁状を公表するという方式で行った。

著者は、本編前半を白蓮の婚姻から宮崎龍介に会うまでの10年間に充てている。読者は彼女を取り巻く環境や彼女の心境を多分に知ることが出来る。後半200余頁は、二人の交わした手紙を多く引用しながら、宮崎との激しい恋、彼女が生死を掛けて愛を追及した2年間に充てている。「日本で炭鉱がもてはやされた時期があったんだ。公娼制度や姦通罪やが存在していたんだ。社会主義の台頭があったんだ。日本は“大陸”の一部を支配していたんだ、、、」読者は忘却の彼方に追いやられていた一世紀前の日本社会を思い起こす。

主人公白蘭の他に、皇后の弟に嫁いだ九条武子、福岡鉱務所長の妻野田茂重子、京都にいる伝右衛門の妾サトの中年女性たちが”共犯者”グループを作り上げる。愛人と「大陸へ逃げよう」とまで思い詰めながら、白蓮事件の後、何事もなかったように元のさやに戻った武子。「一緒に死んでくれ、と言われるのが一番幸せ」と、泣き崩れる茂重子。「妾は妾なりに意地もありますのえ。その旦那さんにとってたった一人の妾になりとうおす。」と心の内を明かすサト。円熟した女性たちの、崖っぷちに立たされた恋が綴られている。

伊藤家の中で、白蘭が好意を持ったただ一人の女性は、10才年下の異母妹初枝だった。彼女は初枝を自分と類似の女性に育てあげたかった。白蓮は初枝を、東京の東洋英和女学校に送って教育を受けさせた。帰郷後、初枝は白蓮のアレンジで華族の男性と結婚したが、その生活に潤いはなかった。彼女は、白蓮と宮崎の恋がめらめらと燃えているとき、傍に居ながら、実にナイーブに二人を見ていた。白蓮事件で一番強い余波を受けたのは、初枝だったかもしれない。事件の数年後、初枝は尼寺でひっそりと死す。本書に登場する女性の中で、一番“まっとう”に見えた初枝の最終章としては、あまりにアイロニカルである。千津子

チコの独偏ブック・レビュー 『いい加減にしろ韓国』豊田有恒

Friday, December 11th, 2015
『いい加減にしろ韓国』豊田有恒 Aritsune Toyota

『いい加減にしろ韓国』豊田有恒 Aritsune Toyota

最初にお断りしておきますが、私が今回この本を取り上げた理由は、某国を揶揄したり非難したりするためではありません。ここに至った背景は -

2015年5月、訪日時のこと。東京の友人との会話中に、彼女の口から「韓国はもう嫌ッ!」が飛び出しました。40年来の友である彼女がそんなことを言ったのを初めて聞きました。そういえば、アメリカにいる私の耳にも、慰安婦問題やら、何やらカニやらと不快なニュースが届いていました。帰国してから、何が彼女をしてそこまで言わせたのか、調べてみることにしました。その過程で読んだ1冊が、『いい加減にしろ韓国』だったのです。

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豊田有恒氏は、大の親韓派。まえがきの冒頭で「ぼくは、日韓友好を願う点では、人後に落ちないつもりだ」と述べている。その彼が、堪えきれなくなって、この本を1994年に上梓した。読了後の私の第一印象は、「20年も前から日韓関係はこんなに泥沼化していたのか!」と言うことでした。そして、二国間関係は悪化し続けています。

著者は言う。日韓問題の解決の糸口が見えないのは「双方の認識ギャップの大きさです」と。韓国は「自分たちが優秀だと自負している。だから負けるはずがないと考えている。」そのスタンスで、日本に矢継ぎ早に要求を突き付ける。日本人は、「駄目式の思考をバネにして伸長してきた。日本人が、過剰な自信を持ち、尊大になったときは、ろくなことにならなかった。」だから謝る。日韓の思考方式には、接点がないのである。

ユーラシア大陸の東端に位置し、過去2000年に960回も侵略された韓国。そんな国民が、他国民を簡単に信用するはずがない。中国ばかりを見てきた韓国。日本は眼中になかった。ハングル文字は16世紀に成立するが、上流階層は漢字を使い続けた。中国から侮られないため、勤労を美徳としない儒教を大真面目に実践した。著者は、韓国のこういった歴史を踏まえて、彼らの国民性を知る必要があると説いている。

彼は続ける。韓国の反日運動の基盤になっているのが、「日帝三六年」。それを御旗に韓国は、日本に要求・悶着を突きつける。もし、朝鮮半島が中国かロシアに支配されていたら、韓国のみならず、世界史は全く異なった経緯を辿ったことだろう。日韓併合のをしっかり見極めなければならない。そして、彼の提言は、、、、また、在日韓国人に関する彼の意見は、、、、

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戦後70年。今まで未公開の戦時資料が日の目を見るようになってきた。それにより新情報がアクセスできるようになった。私たちは、真実を探求する心を失わないようにしなければならない。歴史に向かい合い、正しい歴史が綴られるために、学習する姿勢を貫いて行こうではありませんか。千津子