Archive for January, 2016

チコのブック・レビュー 『村の名前』辻原登 Noboru Tsujihara

Wednesday, January 27th, 2016
『村の名前』辻原登 "Mura no Namae" Noboru Tsujihara

『村の名前』辻原登 “Mura no Namae” Noboru Tsujihara

「よく分からなかったけど、面白かった。」と言う本は、沢山あります。でも、もう一度読んでみたいと思う本は珍しい。『村の名前』は、別格だった。再読した。それも、じっくりと。

著者の言う「村の名前」は桃源村。そう、陶淵明の『桃花源記』で語られる、架空の理想郷。

昔、漁師が迷って外界から隔離された村に入った。そこでは、何百年も前に戦乱を逃れて住み付いた人たちが、幸せに暮らしていた。桃花が村を包み、鶏や犬の鳴き声がのどかさを象徴する。村人たちは、漁師を歓迎した。数日滞在後、漁師は暇を乞う。村長が、村のことは口外無用と依頼して、送り出した。漁師は、帰り道に印をつけて、町に戻ると太守にその村のことを話した。太守は人を派遣して探させたが、誰も桃花源を見つけることはできなかった。

本著の舞台設定は、1990年前夜。日本の商社マン橘が、卸業者加藤の供をして、中国に行った。藺草の畳表を廉価で製造できる工場を探し、買い付けをするためだった。湖南省の長沙から現地人数人と、山奥の村に向かった。案内された所は、桃源県桃源村だった。村の要人は、連日鶏肉や中国酒で橘たちを歓迎する。彼らは、日本の資本で村を観光地化する計画を練っていた。肝心の、橘たちの目的である藺草工場は、お話にならないくらいひどいものだった。村は理想郷にほど遠く、彼らが到着した翌日、女性の死体が見つかった。橘は、歓迎会で料理を運ぶ女性に惹かれた。最後の饗宴で、犬肉が出された。橘は不本意ながらそれを食した。- 彼は、‘桃源界’に足を踏み入れた。

読者は、巧妙な描写にワクワクしながらページをめくる。しかし、‘煙に巻かれた’読後感がある。

桃源村に着くまでにも、橘の幻覚の兆候はあった。神出鬼没の西瓜売り。歪む景色。耳に纏わりつく不思議な微音。平和(?)の象徴的犬肉を食べたことにより、橘は『村の名前』版桃源郷に入る。そこは、時空を超越した一種のパラレル・ワールドだった。10才の少年がいる。同時に老いた83才の元少年もいる。川の土手が、橘の故郷の揖斐川のそれと交錯する。村の脱出計画を立てている、好きになった中国女との交わり。奥美濃の実家の庭にあった花盛りの桃の木の下で、女が赤ん坊を抱いて立っていた。近づいてみると、赤ん坊は橘自身だった、、、

私なりの解釈をしてみた。橘は、桃源郷での経験(幻覚?)を通して、子供から大人に成長したのではなかったか?私の、読み込み過ぎかもしれない。あなたは、どう思われますか?

千津子

チコのブック・レビュー 『親日派のための弁明』金 完燮キム・ワンソプ(2002)

Saturday, January 9th, 2016
「『親日派』のための弁明」 金 完燮キム・ワンソプ Kim Wan-seop

「『親日派』のための弁明」 金 完燮キム・ワンソプ Kim Wan-seop

某戦後70周年ビデオにこの本が紹介されていましたので、今回取り上げました。

読後感 - よく韓国で出版できましたね。

「青少年有害図書」に指定された - さもありなん。

韓国政府が日本について言っていることと、ほぼ正反対のことで埋め尽くされた本だ。少し引用すると

  • 日本は19世紀中頃….西欧の産業化のレベルに追いつき、それも上層部に合流できた。….アジアの発展に多大な貢献をした。
  • 総督府は李王朝より一歩進んだ統治者だった。
  • 白人の中に韓国や中国を無視する人々は多いけれど、日本を無視する人を探すのは難しい。

また、韓国についても、痛烈な批判をしている。

  • 歴史を歪曲しているのは日本でなく韓国だと思う。これは、国際社会の一般的な見方でもある。
  • 政治家、学者、大学教授、作家を問わず….何としてでも親日派に分類されまいともがく。
  • 韓国政府は、近代的な王朝時代の視点をもって日本を非難する姿勢を捨てるべきだ。
  • カミカゼの後裔である(元首相)小泉氏が….靖国神社を参拝するのはごく自然だ….隣国としてこれに抗議して非難するのは見苦しい。
  • いったい韓国は太平洋戦争で日本と戦争でもしたというのだろうか?当時韓国は日本であったし、朝鮮人はだれでも日本軍として参戦したのだから、正しくいえば敗戦国により近いのだ。

著者は序文で「こんにちの日韓関係は、アメリカの意図によってつくられた構図」ではないかと述べている。「アメリカは日本を再興させてはならないという意思をもって、韓国において強力な反日洗脳教育をおこなう…その基本になったのが、歪曲された、間違った歴史認識です。」面白い視点だと思う。日本は、漸く自虐史観から抜け出そうとしているように思われる。韓国もそろそろ「反日」路線を乗り換えてほしいものだ。

19世紀から日韓併合までの朝鮮半島の動きを詳細に考察している部分は、興味深く、日韓併合に辿り着くまでの状況を理解する上で非常に役立つ。また、日韓、豪州を含めたアジア諸国の取るべき道を提案し、その過程で、韓国が中心的役割を果たすべきだと主張している。

ここまで拗れた日韓関係。いくらお人よしの日本も、堪忍袋の緒が切れた感がある。「韓国側が90%受け入れない限り、日韓の共生関係は、それこそ、『木に登って魚を探す』ぐらい実現不可能な夢に違いない。」と著者は言う。北も南もない、朝鮮半島には一つの国しかないように見える昨今。韓国歩み寄りの可能性は限りなくゼロに近く見える。金氏は、親日的著作で何度も起訴されたり、罰金刑を受けたり、暴行まで加えられた。だが、彼は『弁明』シリーズ2も出版し、活動を続けている。そこに一条の光を見る。

千津子