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チコのブック・レビュー 『ベラルーシの林檎』岸惠子著 Berarushi no Ringo by Keiko Kishi

Saturday, May 28th, 2016
『ベラルーシの林檎』岸惠子著 Berarushi no Ringo by Keiko Kishi

『ベラルーシの林檎』岸惠子著 Berarushi no Ringo by Keiko Kishi

岸惠子さんが1993年にまとめたルポルタージュ・エッセイ。

パリで懇意になったユダヤ人を通じ、イスラエルに興味を持った著者がパレスチナ問題に触れる前半。後半は、彼女がテレビ局のレポーターとして独立したばかりのバルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)を取材した時の稿。自分史に絡めて、動く国境と日本を見つめる著者の力作。

ユダヤ人と日本人。とてつもなくかけ離れたように思える二つの国民を著者は熱い目で観察し、共通点や相違点を考察する。二千余年も世界に彷徨したユダヤ人。第二次大戦後、不死鳥のように経済大国を築いた日本人。著者は、ユダヤ人を日本人に投射する。

彼女がユダヤ人を表現するときによく使う言葉がある - 「アンコミュニカビリティ」(意思不疎通性)。世界に拡散しているユダヤ人がそれぞれの社会で受け入れられなかったり、誤解されたりしている底流に、アンコミュニカビリティがあると言っている。

24歳で日本を離れ、パリに飛んだ著者。自分の中に在るアンコミュニカビリティを意識している。

「日本という母国を去ってからの長い年月のなかで、私は二つの国の間で、デラシネ[切り離]されたラシーヌ(根)を私流にはびこらせてきた。けれどその根は、パリにも東京にも居心地よく繁殖できる筋合いのものではなく、たとえばパリ・東京間の中に浮いたジェット機の中の無国籍地帯に、やっと自分らしいテリトリーを感じて安堵したりする。」

「二つの国籍を持ち、立派なパスポートや身分証明書を持つ身の私が、… 誤解や屈辱矢差別や、耐えがたいアンコミュニカビリティにさらされてきた、魂の在りかが、遠い原点で彼ら[ユダヤ人]とつながっているように私は感じるのである。」

(だが、ユダヤ人を100%理解できないことが、彼女のジレンマでもある。)

大陸では国境は動く。1990年代前半まで、バルト3国はソビエト連邦の一部だった。ポーランド辺境の住民は有史以来幾度となく国籍が変わった。世界中で固定した国境を持っている国は稀である。日本は、その稀有な1国。国境を意識しないため生まれた国民性の一部は、世界の大勢の中では通用しないことがある。著者は、多くの日本人がそれに気が付いていないと感じている。日本を無条件に愛する彼女は、それを危惧する。

読後余韻を残した2語 - アンコミュニカビリティと動く国境。当初、私の中で共通性が感じられなかった言葉が、時間を置くと摺り寄って来た。

動く国境を体験していない日本人は、無意識のうちに擬国境を築いているのだろうか?そして、それが他国民とのアンコミュニカビリティを誘因しているのかもしれない。言い換えると、アンコミュニカビリティは、自分の中に構築された国境に一部起因する可能性があるのではないのだろうか?そう仮定すると、内なる国境を動かすことにより、意思疎通を向上できる望みもあるということなのかもしれない。  千津子