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チコのブック・レビュー 『間宮林蔵}吉村昭著 Rinzo Mamiya by Akira Yoshimura

Thursday, August 25th, 2016
『間宮林蔵}吉村昭著 Rinzo Mamiya by Akira Yoshimura

『間宮林蔵}吉村昭著 Rinzo Mamiya by Akira Yoshimura

何とはなしに、次に日本に行ったら最北端の宗谷岬まで行ってみようと思い立ちました。稚内と樺太に思考が絡むと、浮上したのが、間宮林蔵。私のブック・カフェにあるこの樺太探検者の著書を手にして、一気に読破しました。

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吉村昭が描く間宮林蔵の生涯は、大きく二つに分類される。前半(20代後半から32歳まで)は、林蔵が世に知られる樺太探検家として名を成すまで。後半では、幕府の密命を受けて日本中を歩き回る林蔵を描く。私たちの予備知識は、当然樺太探検者としての彼である。

ヨーロッパ諸国が世界に隈なく進出し、18世紀末には、世界のほとんどの場所の地図が彼らにより作成されていた。その中で、樺太は謎だった。半島か?それとも島か?複数の探検家がそれを確認しよう試みたが、成功しなかった。(その理由は、本書を読んで見つけてほしい。)当時(日本も含めて)世界で、樺太半島説が優勢だった。1808年、間宮林蔵は政府の命を受けて樺太の調査に赴いた。

関東生まれの林蔵は、北海道(蝦夷地)の寒さに閉口し半病人になった。時間はかかったが、アイヌ人の知恵を取り入れることによりそれを克服していた。だが、樺太の厳寒はそれをはるかに超えていた。林蔵の樺太探検はまさに生死を賭けたものだった。樺太北部はアイヌも住まない未踏の地だったが、彼は原住民の叡智を取り入れたながら、樺太が島であることを確認した。

林蔵は樺太北部に留まって大陸の東韃靼へ向かう決心をした。鎖国時代、国を出ることは御法度だったが、彼の好奇心の方が勝った。結果として、当時の韃靼人の様子を記す貴重な資料を作成できた。彼の樺太での功績は大だったが、農民出の林蔵は、幕府からの咎めがあるのではないかと、神経質になっていた。運よくお咎めがなかっただけでなく、彼は役人として昇格した。ここに隠密として日本中を歩いた林蔵が誕生する。

樺太調査から戻った林蔵は、伊能忠敬に天文学に基づく測量法を学んだ。そして、彼は生涯隠密として、ゴロブニン事件、シーボルト事件、竹島事件等に直接、間接的に関わった。健脚を使って、鹿児島、日本海側も歩いた。変装の名人だったらしく、隠密としてA級だったのだろう。

吉村昭は間宮林蔵の生涯を坦々と語る。その語り口はドライに思えるが、林蔵の人柄をしっかりと抑えている。林蔵の出自から来る神経質な面が局所に現れる。彼の観察眼の鋭さもいたる処にみられる。これは、自分の足で日本全土を踏んできた経験に拠るところが大きい。本著から18世紀末から黒船到来までの日本近海の状況が手に取るように分かる。江戸後期・末期の日本史を知る書物に、是非加えていただきたい一冊として推奨する。千津子