2015年訪日シリーズ その1 恩師冨田弘教授の足跡を追う - 鳴門市ドイツ館を訪ねて

賀川記念館からドイツ館を見る

賀川記念館からドイツ館を見る

Part II

恩師の足跡を追う

一年近くも前から私は2015年は有給休暇を利用してアイルランドを旅する年にしようと考えていました。ところが、今年1月職場で予期せぬ事態が生じ、3月には辞職を決断しました。4月の第2週を最後に、職場を去りました。振り返れば、1988年渡米直後職を得てから、30年近く働きづめでした。疲れていました。気分転換が必要と感じました。主人も「ご苦労さん」「骨休め」旅行を勧めてくれました。そうと決まれば、早急な出立を希望しました。アイルランドが第一候補、そして、その次が日本。飛行機の空席状況、費用、旅程の満足度等を考慮したところ、第二候補の日本が魅力を増してきました。折しも、友人の企画する鎌倉歴史セミナーが5月に開催されることもあり、Destination Japan(目指すは日本)を決定しました。

15日間の日本滞在を、いかに有意義に過ごすか?せっかく6000マイルも旅するのですから、濃厚且つ満足度の高いものにしたいと思いました。東京と実家のある愛知県を拠点にすることは決めていましたが、それだけでは物足りないので、小旅行を組み込むことにしました。40年来行きたかった萩に2日、そしてもう1日追加して恩師の研究資料を蔵している鳴門のドイツ館にも足を延ばす方向で計画を進めました。ドイツ館で恩師を知っている人がいるかもしれないと思い、メールを入れてみると、川上館長から丁寧な返信が届きました。数回の交信後、5月14日に私がドイツ館に伺う旨を連絡させていただきました。館長経由で、前夜の宿泊を近くの民宿に予約しました。

5月13日午後、二日間の萩滞在を終えて、徳島県鳴門市の池谷駅に向かいました。ドイツ館の最寄りの駅は板東ですが、普通電車しか止まらないので、特急が止まる一駅先の池谷まで行く手配をしていました。東萩駅を午後2時41分乗車。電車5本を使い、長門市、厚狭、新山口、岡山で乗り継ぎ、池谷に到着したのは、夜9時5分でした。うずしお特急が止まると言っても、池谷は無人駅で、降車者も数人しかいませんでした。萩で体力を消耗したのか、お土産を買いすぎたのか、ずっしり重くなったスーツケースを難儀そうに引き摺ってホームから駅舎に向かうと、年配の男性が待っていました。民宿のご主人が迎えに来てくれていました。

ミニバンに乗り込むと、ご主人が私の出身を訪ねました。「米国イリノイ州から来ました。恩師冨田弘教授の研究資料があると聞いたので、明日、ドイツ館を訪ねます。」「冨田先生なら、いつもうちに泊まってくれてました。来られると1週間から10日も滞在されましたよ。いつも研究してましたなぁ。家内も先生を良く知っていましたよ。」徳島で最初に会話した人が恩師を知っていたことに、驚きと喜びで胸でいっぱいになりました。宿に着いてお風呂をもらうと、夜中近くになっていました。

民宿観梅苑は1キロもある灯篭で飾られた大麻比古神社参道の中ほどに隣接しています。部屋数は15くらいでしょうか。私は2階の一室をあてがわれました。14日朝、障子窓を引くと、数百メートル先、鮮緑の中にヨーロッパ風の白壁蒼屋根の建物が見えました。ネットで見たことがありましたから、それがドイツ館であることがすぐ分かりました。視線を民宿の近くに移すと、梅園が広がり、近くの民家も日本家屋で、ドイツ館だけが浮き上がっている感じがしました。

民宿から見えるドイツ館

民宿から見えるドイツ館

食堂に行くと、大型連休直後のせいか泊り客は6・7人しかいませんでした。炊事場に奥さんがいたので、恩師のことを尋ねると、良く覚えておみえでした。部屋に戻り、出かける用意をしました。荷物は、午後まで預かってもらい、ドイツ館に徒歩で向かいました。午後3時には荷物を取りに戻らなければなりません。しめて6時間で恩師の足跡をどこまで辿ることが出来るのでしょうか?大麻比古神社参道入り口まで5分、右折して高松自動車道に沿って歩くと、ドイツ館とその手前の賀川豊彦記念館の煉瓦造りの建物が調和良く視界に入ってきました。濃緑のキャンバスにこの2建造物だけを被写体にしたら、まるで外国にいるようだと思いました。

9時半のドイツ館開館時間まで少し時間がありました。建物の周りを歩きながらシャッターを切りました。『第九の里』にふさわしくベートーベンの銅像が園内にありました。ドイツの国旗も掲揚されていました。板東俘虜収容所は、四国にあった3収容所を集約して建設された施設でした。今でこそ高松自動車道から車の走行音が聞こえるものの、収容所が建設された当時の辺鄙さは容易に想像できました。そこに1000人ものドイツ人が住んでいたのですから、この辺りは、異国そのものだったのでしょう。

ベートーベン像

ベートーベン像

開館時間になったので、受付で入場券を購入しました。館長がご在室が聞いたところ、すぐ館長室に通していただきました。川上館長は私を待っていて下さったようでした。挨拶を交わした後、私の恩師冨田教授の研究資料、著書『板東俘虜収容所』、ドイツ人俘虜たちの手によるガリ版ガリ版刷刊行誌Die Bracke等を見せてくださいました。また、恩師を偲ぶ人たちの寄稿からなる厚さ1インチもある写真集も手に取ってみることが出来ました。恩師がいかに多くの人たちから慕われていたか、再認識しました。30余年ぶりに恩師の映像に再会できた興奮を隠せませんでした。

Die Bracke(ドイツ館蔵)

Die Bracke(ドイツ館蔵)

コンサートちらし(ドイツ館蔵)

コンサートちらし(ドイツ館蔵)

コンサートちらし(ドイツ館蔵)

コンサートちらし(ドイツ館蔵)

コンサートちらし(ドイツ館蔵)

コンサートちらし(ドイツ館蔵)

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