チコの独偏ブック・レビュー ”Boy H” by Senoh Kappa

『少年H』上・下巻 妹尾河童著(1997年講談社)

『少年H』妹尾河童著

   『少年H』妹尾河童著

10年近くも2階の本棚に眠っていた『少年H』を紐解くことにした。動機は、この中に1940年杉原千畝氏がリトアニアで発給した通過ビザで神戸に行ったユダヤ人の話が出てくると聞いたからだ。

上巻半ばをちょっと行ったところに、その箇所を見つけた。ユダヤ教会のオッペンマイヤーさんが、シベリア鉄道経由で神戸に辿り着いた53人のユダヤ人の服の修理をHのお父さんに依頼した。修復された服を受け取ったユダヤ難民たちは泣いて喜んだそうだ。

『少年H』は妹尾河童氏(1930年生まれ)が小学校から中学校時代にかけて故郷の神戸で見聞き、体験したことを綴った小説。H(エッチ)は肇のイニシャルで、彼のあだ名。洋服の縫製・修理を生業とする父親、敬虔なるキリスト教徒の母と、妹の4人家族。腕白坊主の小学時代。近所で起きた赤狩りや徴兵を避けて首吊り自殺をした人たちや、母のキリスト教的「愛」で友達から揶揄われたことなどが描かれている。高学年になるにしたがい、戦争の影響が肥大していく。資材不足のため、小学校から二宮金次郎の像が消えた。ヒットラー・ユーゲント(長身のアーリア人)の来日。数少ない余興推進のため、相撲が13日から15日に延長になった。国語が旧仮名づかいから新仮名づかい、左からの横書きに変わる。

中学校に入ると戦争の暗雲はより重くのしかかった。Hは教練射撃部で実弾を使って練習をするまでになる。本土決戦の色が濃くなり、血液型を知る必要が出る。1945年3月17日の神戸空襲でかろうじて生き延びた。検問を受けた報道記事、修正を施した写真。広島・長崎の原爆のことを新聞では大した事件ではなく、「白い下着の類が火傷を防ぐために有効である」と書いた。

敗戦。1945年の玉音放送を聞いてからの虚脱感。戦時中は軍部、戦後はGHQによる報道規制。終戦時Hは15歳だったが、暫くは国家への不信感と腹立ちからノイローゼになり自殺まで試みる。精神的にどん底だったHだが、次第に将来に光を見出していく。

本著は、「作中に夥しい数の事実誤認や歴史的齟齬がみられる」(山中恒)と非難されている。しかし、340万部も売れたこの本をそれで隅に追いやっていよいのか?否、読者が共感するゆえの販売数だ。私は、Hの玉音放送後の苦悩に感情移入し、涙した。戦争が人々に与える痛恨のナイフは私にも突き刺さった。この本で、私の両親の生きた時代をより身近に感じることが出来た。Hが自殺未遂直後に気づいたこと-「自分が頭で考えている通りに、自分の肉体も支配できると思っていたのが、大間違いだった」「病んでいる精神より、肉体のほうが素直で逞しかった」。精神と肉体は一体ではなく二個体か?考えさせられた。

確かに読書中に「こんなに戦時状況を確実にとらえ、疑問を持つ中学生がいたのか?」と頭を傾げたことは否定しない。考えさせない子供を作る戦後教育を受けた私にはどう転んでも出来そうにない洞察力をHが本当に持っていたか?と疑ってしまった。ただ、社会情勢に疎い私よりずっと、ずっと賢い人はいたであろう。そして、そういう人たちの苦悶は、終戦を迎えた時、平均的市民より心のより深層部に達したのではないかと思う。だから、ノイローゼになったりもしたであろう。智から派生する苦悩の高い垣根を乗り越えることにより、人は前に進むことができるのだろう。そのために、知識を積み続けていくことが必要だと思う。無知の垣根は低いかもしれないが、前進は遅々たるものだろう。この本は、それを私に教えてくれた。千津子

アニメ『少年Hが見た戦争』リンク

https://www.youtube.com/watch?v=f1NQKNCT6_4

 

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