チコのブック・レビュー 『ガダラの豚』中島らも Ramo Nakajima

『ガダラの豚』中島らも Ramo Nakajima

『ガダラの豚』中島らも Ramo Nakajima

アフリカの呪術医分野の研究に携わる大生部(おおうべ)教授は、テレビの特別番組の取材を兼ねて、家族と共にケニアへ向かった。一行は、タミナタトゥ村で大呪術師バキリと出会う。バキリは8年前その地で死んだはずの娘を呪具にしていた。娘を救い出して日本に連れ戻した大生部一家とその周囲に不気味な事故が相次いだ。

著者が本のタイトルを『ガダラの豚』とした意図を考えてみた。ガダラの豚は新約聖書のマタイ伝の一節に現れる。

イエスがガダラ人の地に着くと、悪霊につかれた二人が墓場から現れた。彼らがおびただしい豚の群れに入ると、群れ全体が、崖から海へなだれを打って駆け下り、水の中で死んでしまった。

本書は三部からなる。大生部の妻が、新興宗教(悪霊)に罹り洗脳された章にこれを引用していることから、著者はガ・豚を愚かな自殺行為をする民衆としたのではないだろうか。呪術は一般的に未開の土地に存在するような印象を与える。だが、悪霊は、時代や地理的位置にかかわらず、存在するということであろうか。

大生部教授は、「呪術は集団におけるホメオスタシス(精神的均衡)達成のための機構」で「実際的効果がある」と言う。人の心は、常に光(陽・楽しみ)と影(陰・苦しみ)の間で揺れ動いている。この二極性は複雑にもつれ合う。プラスがマイナスに変わる。知ることにより、苦から楽に移行できるかとおもうと、失うものが大きい。ここにバランサーとしての呪術登場。有史以来、呪術が存在するのは、そのためである。

読者をぐいぐいと引っ張っていくストーリー展開。特に、登場人物の交わす会話は、宗教、医学、言語、哲学等、多岐にわたり、高レベルの洞察力を持つ。それが、この作品に一層の重厚さを加えてるように思える。娯楽性の高い作品。お奨めです。千津子

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