チコのブック・レビュー 『キッチン』吉村ばなな Banana Yoshimura

『キッチン』吉村ばなな Banana Yoshimura

『キッチン』吉村ばなな Banana Yoshimura

幼くして両親を亡くした桜井みかげは祖母と一緒に暮らしていた。大学生の時、その祖母も死んだ。田辺雄一と彼の母がみかげを引き取った。三人で暮らす間、みかげは独り立ちする決心をする。彼女が田辺家を出るとまもなく、雄一の母が亡くなった。二人の若者の死に対する恐怖と孤独との葛藤を描いた作品。

田辺家でみかげが過ごした半年間に、彼女は家族愛を再発見した。みかげにとって雄一の母の死は、祖母を失くしたときの衝撃より累乗的に大きかった。

<訃報を聞き、雄一に会いに行くみかげ。バスを降りて彼のアパートに向かう。>

“足を進めることを、生きてゆくことを心底投げ出したかった。きっと明日が来て、あさってが来て、そのうち来週がやって来てしまうにちがいない。それをこれほど面倒だと思ったことはない。きっとその時も自分が悲しい暗い気分の中を生きているだろう、そのことが心からいやだった。胸のうちが嵐なのに、淡々と夜道を歩く自分の映像がうっとうしかった。”

作品全体に流れる無気力。虚脱感。感情も声量も七割以下に控えたみかげの意識の流れ。彼女が描写する水面下の物憂げな黄昏色の世界に読者はどっぷりと浸かる。

感情が迸るのでもなく、身体を震わせて号泣するでもない。読者の潜在意識の中にしかなかったものをみかげが言語化すると、そこにほのかな灯りがともる。読者は、そんな微熱に作品中何度も何度も触れる。読了後、蓄積された熱量が勝利感とも言える安堵感に変わっている。不思議なことに、読者はその“勝ち“を覚えている。勝利の余韻は強い。

心が沈む時。喪失、敗北、失敗、羞恥、嫉妬。諸々の負現象に遭遇する時、もう一度手にしたくなる。あの時感じた微かな温もりを探すように。愛蔵書的存在。そこにこの作品の持久性があるのではないだろうか?

千津子

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